いま、僕が学生時代に自作した椅子を修理している。
座面は「綿テープ」とか「綾テープ」と呼ばれる、綿などを織ったテープを張り合わせただけの簡素なつくりのもの。
それが10年以上もったのだから、テープの堅牢性はなかなかのものだ。
だが、さすがに劣化で破れてしまい、以降は実家の部屋に置いたままになっていた。
テープが破れた状態でもかろうじてモノを置けるので、カバンなどを置く台として細々と使われていた。
いつか修理をしようと思いつつ先延ばしにしていたが、この機会にしっかりと直そうと決意したのだった。
まずは破れたテープを外す作業から始めた。
テープは1枚につき5本もの小さな釘で打ち付けられており、これを取るのにだいぶ手間がかかった。
木材はパイン材なので、無理にドライバーなどで取ろうとすると、いとも簡単に引っかき傷が生じる。
慎重に作業をしたものの、後半は「あとでやすれば良い」とか「これも味だよな」と自分に言い聞かせながらの作業となった。
ついに釘を取り終えると、今度はサンディングだ。
使用していた当時は角をトリムしていない部分が身体にあたり、痛かった記憶があった。
なので、身体に接する部分は丸みを持たせることにした。
さらによくよく考えたら「背もたれ」は要らないのではと思うように。
いや、座るにはあったほうが良いのだが、長く座るためのダイニングチェアとすると背もたれが少し痛い。
この際、意を決して背もたれを切断。
簡易なスツールとして使うことに決めた。
サンディングが一通り終了し、今度は塗装だ。
当時はオイルフィニッシュといって、硬化する被膜を作らない、自然素材のオイルを塗ることで、表面に味わいが生まれる(経年変化が楽しめる)塗装を施していた。
今回も同じようにオイル仕上げでと思ったが、ホームセンターで見つけたものは、アマニ油などの植物油脂を含んだ小さなワックスが2,600円。
意外な値段の高さに驚きながら、さらに一瞬「安い椅子だったら1脚変えるじゃん…」という気持ちを飲み込み店をあとにした。
早速、オイルを家具に塗り込んでいく。
塗られたオイルは独特の香りを放つ。
学生時代、インターンシップで青山の和風家具店でお世話になったことがある。
そのときに使っていたオイルもミツロウを含み、ほのかに柑橘系の匂いが漂っていた。
当時、テーブルの天板の補修やオイル掛けをやらせてもらえたこと、材にオイルを塗った瞬間に、美しい木目が浮かび上がることが妙に楽しかったことを思い出した。
匂いで記憶が戻ってきたのだ。
この香りは、家具を長く使うための一工程である。
本来ならば、家具の表面をこうした材料で保護をしながら歳月を重ねるメンテナンスが大切だ。
そうした作業を行うほど、積み重ねた年月は木部に味わいとなって生じ、耐用年数も長くなる。
青山のお店には、単にお金で家具を買うのではなく、家具と暮らす、いわば時間の経過を楽しもうとするお客さんばかりが来店していた。
僕はそうしたマインドをすっかり忘れ、自作の椅子が埃を被るまでメンテナンスをサボってきたのだった。
椅子にごめんなさい、当時のデザイナーさんにごめんなさいという気持ちが生まれてくる。
いまは青山に店舗はないようだが、独特の雰囲気をもった家具は未だ作り続けられているようだ。
作業をしながらいろいろと思いを馳せていると、あっという間に1日が終わった。
炎天下の中の作業であったため、家具にも汗が染み込み、ますます愛着が湧くだろう。
明日以降、新しいテープが届くはずだ。
いまは完成形を想像しながら、オイルが乾くのを待っているところだ。