むしろ問われるのは「なぜ君を総理大臣にしないのか」。

映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」を観る

秀逸なノンフィクション

とある日、以前からSNS上で頻繁に目にした映画を鑑賞。
その名も「なぜ君は総理大臣になれないのか」。

三谷幸喜のつくる映像作品のソレに似たような、ポップなタイトルなのでコメディ映画?くらいに思っていました。
が。
いざ観れば、秀逸なノンフィクション映画で、しかもなんか泣ける。

若くして衆議院議員を目指したものの、地元の選挙区ではなかなか当選できない候補者としての苦闘。
それに加えて、当初は反対していた家族が選挙戦になると、一丸でサポートにまわるといった人情劇。
「主演(?)」の小川さんも50代目前となり、いよいよオッサンの悲哀が見え隠れするのも、どこか涙を誘うのです。

そんな右往左往を17年間という長い歳月をかけて取材されているので、面白くない訳がない。
物語に厚みがある。
まるで優秀で正義感に燃える男が親戚や友達にいて、あれよあれよという間に官僚から国会議員になっていく様を近くでみているような錯覚に陥るのです。
凄まじい没入感。
リアルな現場を切りとっているからだろうか、脳への刺激が強い作品でした…。

ところが、小川さんの政治家としての信念や理想はひしひしと伝わる一方で、「衆議院議員・小川淳也」として政治的主張はあまり伝わらない。
僕はこの人物の思想を、清廉潔白な政治姿勢のゆえに、永田町では「修行僧」とも揶揄される男の信条を知りたくなったのです。
そこで手に取ったのが「本当に君は総理大臣になれないのか」という本。

結論からいえば、彼の主張が分かり易く述べられています。

まるで映画のスピンオフ

映画を観たあとで読めば、まるで映画のスピンオフを観ているような感もある。
小川さんの幼少期や青春時代、父親の反対や和解、そしてなぜ国政を目指そうとしたのかという根源的な理由まで…。

本書では第1章から第4章に分かれ、順に「WHAT?(何をする?)」「WHO?(小川淳也とは誰か?)」「HOW?(どう実行するか?)」「WHEN?(いつ動き出すのか?)」とも読めるようになっていて、小川さんの政治理念のおおよそを把握することができます。

知りたかった政策理念も対話形式だから平易で理解しやすい。
読んで感じたのは、ストイックな彼の性格同様、極めて合理的なものでした。
簡単に列挙するならば、

  • 消費税を長期的には25%まで引き上げる
  • 社会保障の無償化・ベーシックインカムの導入
  • 外国人の定住促進と労働市場の変革

など、今後日本に起こり得るだろう状況に対して、現実的な政策を示しています。
なかでも面白かったのは、もしも小川さんが総理大臣になったら、これらの政策を1本化して通したいというもの。
題して「所得税・法人税・相続税課税適正化及び漸次消費増税・本格的ベーシックインカム・教育社会福祉無償化法案」。
それを国民会議で議論したのち、国民投票で意思を問う。
どれもひとつひとつが国の在り方を大きく変えるものですが、巨大な法案を通す意気込みについてこう語ります。

小川 いや、これぐらいやらないと。日本の未来の進路の舵取りをするわけですか ら。明治維新で行ったぐらいの巨大な改革が必要なわけですから。

(編集者)官僚出身の小川さんは法律作りのプロだったからわかるんでしょうけど、こんなすべてを盛り込んだような法案なんて理論的にそもそも可能なんですか?

小川 もちろん。どんなに巨大でも1本にまとめられます。というより、どうしても 1本にまとめる必要がある。そうしないと全体の構想が見えないから。この人は何がやりたいのか、それはなぜなのかと、まさに私が政治に関わってきたその理由を法案化する最大の難所に立ち向かうことになるでしょう。その後1年や2年審議してもいい。自分が出席して、この法案の必要性を徹底的に訴えます。いずれにしても最後は成立させてもらう。

-成立しなかったら?

小川 (衆議院の)即解散です。 そこで政権を失えば即退陣します。政治家も引退します

引用元:本当に君は総理大臣になれないのか (講談社現代新書) p.148

これら政策には僕もおおよそ同意だし、スピード感をもってどんどん変革していかなければ、日本という国自体の存立も怪しい状況になると思います。
ただ、目指すべきゴール設定によって変化が急激すぎて、ついていけない国民も多く生み出してしまう気もする…(笑)。
政策が小川さんの性格同様ストイックにもみえる。

日本人は「異質」を受け入れられるか

「外国人定住」のほんとうの狙い

さて。
小川さんの映画と、この書籍を読んで共通して思うことがあります。
それは小川さんについて「なにか変」「どこか違う」という、人間的に「変わっている人」だと思ってしまうこと。
映画でも大島監督が小川さんのことを「政治家に向いていない」と語る場面がありました。
それは政治家として「変」であるということであり、人間的にも「変」であるという、いい意味でも悪い意味でもそこらへんにいるような人ではないと思うのです。
それが人々を惹き付ける魅力であるとは思うのですが、果たして日本に住まう人々はこの「異質な存在」を受け入れることができるのかどうか…。
小川さんの政策を読むにつれて、「異質さをどう受け入れるか」に本質的な焦点が向いているのではないか…と思うのです。

たとえば、「外国人の定住促進」。
本書ではあまり多くは書かれていませんが、現行の「技能実習制度」と同様、外国人の方に来てもらって、日本人が行わない仕事を代わりに担ってもらおう…。
さらには、外国人に住んでもらって、人口減少で喘ぐ地方の自治を維持しようという目論見もあるのかと勘ぐるのが普通です。

小川さんが狙っているのはたぶん、本質的にはそこじゃない。

内向きの日本人の能力だけでは、これ以上成長することができない。
むしろ衰退する一方であるがゆえに、強制的にでも外国人を受け入れて、日本人のマインドごと外へ開かせようとも考えているのではないか…。
本書にも、

こうした「外への開放」「内なる解放」を組み合わせ、グローバル化した経済と、 日常生活を支えるローカルな基盤のバランスをとると同時に、お金だけが幅を利かせる社会から、人間同士がつながりをもてるコミュニティの再構築を目指すべきだと思います。日本がそのように変わっていけば、人口減少をもっとおおらかに受け止められる社会になるのではないかと思います。

引用元:本当に君は総理大臣になれないのか (講談社現代新書) p.45

ともあります。
青色の絵の具に黄色を混ぜると緑色になるように、外からやってきた文化を日本に馴染ませて、変化を促す。
換言するならば「これからを生き残るためには、異質を受け入れろ」ということ。

「寛容性」とは「変な人」を受け入れること

僕は小川さん自身が「異質」な存在であると感じています。
きっと小川さんも自らを「異質な存在」であると認識し、だからこそ他人や世間の「常識」がやたら目につく。
官僚機構全体が日本国よりも何よりも「自分の役所」を守ろうとする性質を見抜き、腹を立てているのもきっと、そういうセンサーが働いているからこそではないかと思います。

かたや日本人は「異質」を受け入れがたい。
「小川淳也」という政治家も思想も、日本の国民性とは相いれない。
明日はもっといい日にしたいけど、昨日のままでいれればいい。
変わるためには今までとは違う「何か」を受け入れる必要があるけれど、それができない。
変わることができない国民性であればあるほど、小川さんのような政治家は総理大臣になる可能性は低い。
逆に変わることを志望する国民性ならば、小川さんを受け入れ、外国人でさえも受け入れることでしょう。

それがきっと昨今求められている「寛容性」であり、そんな「寛容性」を醸成させるためには、日本人のひとりひとりが変わらなければなりません。
衰退する日本を救うためには「異質」を受け入れ、変化することとトレードオフなのです。

小川淳也は総理大臣になれるか?

今月の末(2021年10月31日)にはいよいよ衆議院選挙が行われます。
「なぜ君はー」という映画はプロパガンダとしてみれば、強大な力を持った武器としてもみることができる。
ネットフリックスでも鑑賞できるそうで、その影響力は計り知れません。
日本は政治的な信条や政策内容ではなく、政治家個人の性格や人となりをみて投票することが多いと言われます。
この映画は小川淳也という人間性にスポットを当てたものなので、まさしく投票行動に結びつきやすい。

ただし僕らは、政治思想という、政治家の「中身」もしっかり精査しなくてはいけません。
一時の熱烈な支持によって、とんでもない思想を持った政治家が権力を掌握することもこれまでにいくつもありました。
新型コロナウィルスという、世界規模で、凄まじいスピードで変化する情勢のなか、今回の選挙が行われます。
言うなれば「非常事態」です。
「変なとき」なのです。
もちろん国民の側の思考も「変」になっています。
それに対応するには、やはり飛びぬけて「変な政治家」が必要なのは間違いありません。
というより、先だって行われた自民党の総選挙(党員投票)の結果を考えればすでに国民は「変なリーダー」を求めているような気にもなるけれど(笑)。
さて、有権者はそんな「変」をどのように理解し、「異質さ」をどの政党の、どの政治家に求めるのでしょうか。

最後に。
映画の中で投げかけられた質問に僕はこう答えます。
「小川淳也は総理大臣になれない。国民が変わらなければ…」

【紹介した本について】

カテゴリー 読書の記録タグ 映画著者 中原一歩小川淳也形態 新書出版社 講談社Cコード 政治-含む国防軍事社会科学総記


この記事を書いた人

名無しのユータ

「読書が趣味」という訳ではないし、遅読で読解力も低い。けれど、読書を続けることでモノを考える力がやっと人並みに得られると感じ、なるべく毎日、本を紐解いている。
趣味はランニング、植物栽培など。