アルコール中毒とはどういうものなのだろう。
そんな興味を持って読み始めたら、一気に読了。
実用的な内容と主人公の人生が絡み合いつつ、物語に惹きこまれながらあっという間に読み終わってしまいました。
以降、ネタバレを含みます
今夜、すべてのバーで
いつしかアルコールに依存するようになった
この物語の主人公は仕事が順調に進み始めた、売文稼業の35歳男性。
3人のひとから「35歳には死ぬ」と宣告されて、事実、そうなりつつあった。
増える仕事量に追い込まれ、アイディアという名の天啓を求めるために酒を飲む。
そうした生活がいつしか日常のなかに入り込み、1日にウィスキーのボトルを2本空けるようになってしまう。
自ずと身体にも異変が起こり、ついには病院に駆け込むことになる…。
この物語の主軸は病院での療養がメインとなっています。
そこに登場する医者や同室の入院患者との関わりが主人公のアルコールとの関わりに変化をもたらしていくのです。
中盤から後半にかけて、物語を惹きこませる2つの山があって、
- ひとつは、登場人物のなかの誰かが死ぬだろうということ。
- もうひとつは、主人公が酒に手を出してしまうのかどうかということ。
この2つが絡み合いながら、後半にはこの伏線が緊張感を誘うシーンになっていくのです。
主人公とアルコール依存症について学んでいるような…
読み終えると、はたと気が付く。
アルコールをクスリとして使っていった果てにはどんな景色が待っているのか。
文章を追っていただけのはずなのに、頭の中に映像が浮かび上がって、読む前よりも格段にアルコール依存症に詳しくなっているのです。
その理由は物語の中で、主人公があらゆる文献を参照するから。
主人公がその文献の内容を回想すると同時に、読者はその様子を読み進めているだけでアルコールについての知識が自然と身につく。
きっと僕は、アルコール中毒に関する書籍を読もうとしても、途中で投げ出してしまうと思う。
けれどこの本を読めば、主人公と一緒に、いや主人公にアルコール中毒に関わる知識を学んでいるような錯覚に陥るのです。
言い方を変えれば、著者である中島らも氏から直々にアルコール中毒とはこういうものだよ、と教えてもらっているような気がします。
著者の実体験を伴うから、鬼気迫る
現にこの物語は中島らも氏の実体験が多分に含まれて書かれたものであるのだそう。
ゆえに、アルコール中毒の書籍を読み漁り、それを肴にしながら飲んでいた…というのも事実なのかもしれません。
あるいは少しの動作でも疲れることや、コーラ色の臭い尿が出るという鬼気迫るシーンのリアリティも同じ所以なのかもしれません。
「酒は百薬の長」とはいうものの、やはり大量に制限なく飲み続けることが害になる。
いや、最近は1滴のアルコールですら健康に害をもたらすと述べている研究者もいるようです。
我が国ではコンビニでもスーパーでも、簡単にアルコールが手に入る状況で、一度、過度にアルコールに依存してしまえばそれらを遠ざけることは格段に難しい。
さらにいえば、酒を用いてコミュニケーションを図る文化が根強く浸透し、社会生活を営む上でお酒を断ることは困難を極めます。
著書の中でも、
日本におけるアルコールの状況は気狂い沙汰だ。十一時以降は使えないが、街中にあらゆる酒の自動販売機が設置されている。テレビ局にとって、ウィスキー、ビー、 焼酎、清酒の広告宣伝費は巨大な収入源だし、酒税は年間二兆円にものぼる税金収入だ。つまりは、公も民も情報も、一丸となって「飲めや飲めや」と暗示をかけているのだ。日本のアル中が二二〇万人程度ですんでいるのは奇跡だといってもいい。 日本人にはアルコール分解酵素を持たない、まったくの下戸が多いということもストッパーになっているのだろうが、アル中はこれからもっと増えるというのがおれの確信だ。
引用元:今夜、すベてのバーで 〈新装版〉 (講談社文庫)p153
とあります。
「日本に生まれて、それが一番法的に安全で廉価なドラッグだった(p159)」と主人公が示したとおり、自制心をもって接しなければならないものである…。
かといって人々がだらしがないから、国の規制をもっと強化せよ、というのも違う。
自由にお酒を飲めて楽しめるからこそ、充実した1日を過ごすことができた経験も僕にはあります。
その反面、失敗したことも数知らず…。
これらの経験はお酒があったからこそ得ることができたものであり、一概にすべてが悪いことでは決してありません。
「依存」と紙一重
でも、僕は飲みたい。
楽しい仲間と楽しい時間を共に過ごすとき。
あるいは、充実した仕事を終えて翌日はゆっくりと過ごせそうなとき。
ひとくちでキュッと胃に染みわたるお酒と、時間という概念を超えたようなほろ酔いの気分がときとして恋しくなることがあります。
そんなお酒の高揚感は「依存」と紙一重の関係にあり、「依存」の先に何が待ち受けているのかもこの書籍を通して知ることができました。
お酒を飲むのなら、一度は読んでおきたい1冊です。